高木彬光『邪教の神』

邪教の神 (角川文庫)

邪教の神 (角川文庫)

昔の作家の当時の感覚が想像できない私にはこの表題作が一体どういう立ち位置で書かれたのかはっきり分からない。
ちょっとバカな推理物を書いてみたかったのかもしれないしクトゥルー神話という珍しいものに触発されて書いたのかもしれない。
ただ日本においてラヴクラフト等の翻訳物が本格的に出版され始めたのが1970年代であるのを考えると1956年に書かれたこれは日本におけるクトゥルー神話を扱ったものとして最も初期のものであり、個人的に感慨深いものである。

しかし本格推理としての傑作である以前紹介した『能面殺人事件』『人形は何故殺される』などから入った私には名探偵神津恭介が出てきた辺りからなんとも言えないもやもや感に包まれた。
白いカレーを食べた時の初めての色と味の組み合わせに慣れていないような感覚である。
本格らしいかの明晰な名探偵が結構普通に世界規模の邪教集団について語っていたりそれに関する米国事情を知っていたりする場面は笑いがこみ上げてくる。
とはいえ問題となる邪神の像の描写や不気味さの出し方は悪くない。
色々な意味でゲテモノではあるが興味があるなら手を出してもいいと思う。
後は忌まわしい参考書物と呪文があれば完璧だ。