諸星 大二郎『妖怪ハンター 天の巻』

妖怪ハンター 天の巻 (集英社文庫)

妖怪ハンター 天の巻 (集英社文庫)

そういえばまだここで諸星大二郎は書いてなかったような気がする。
文字が多く濃い描き込みのため文庫版だと目に悪いがそれでも寝る前とかに思わず数編読んでしまうのがこの妖怪ハンターシリーズ。
どうも買う前の印象だと名前からして退魔士物のようなイメージを持ってしまうが、全くそんな事はない諸星作品の傑作である。
作品に登場する怪奇は妖怪というにしてはあまりに不可解で規模が大きく、ハンターという割には殆ど退治とかしていないのだからこの名前の方に問題があるよね。


文庫にまとめられている天の巻、地の巻、水の巻の内で特にこの漫画家の雰囲気が飲み込みやすいのがこの天の巻であると思う。
妖怪ハンターシリーズには珍しい連作短編が入っていると言う事もあるのだが、冒頭の「花咲爺論序説」の花咲爺さんの童話の二つの民俗学的な解釈が対比出来る事もあり非常に分かり易いため他の作品のこういう表現を理解する上での参考になる。
このシリーズの根底は主人公稗田礼二郎民俗学的仮説に基づいて進むのだが、大抵は古事記など古い文献からの引用であったり、解釈も飛躍してとんでもない場合がもあるため分かりにくいが、このようによく知られた童話を元にこういう考え方が出来ると言う事に面白みを感じればそのまま一気に読み進める事になるだろう。
時には架空の文献を交えながら発掘、研究を進める彼の仮説は傍から見れば荒唐無稽であるが、読んでいく間には静かながら息つく間もない怪異な展開には言い様もない説得力と独特の整合性のとれた発想力を感じる事が出来る。
この本の連作短編は始まりはただの発掘調査から始まり、ばらばらの伝承や事件を別々に調査する過程で一つの巨大な伝説の痕跡に至るという壮大な話になっているので稗田の登場するこのシリーズの読み方がどういうものかを把握しやすいと思う。

ラヴクラフトに影響された漫画家という事で筆頭に取り上げられるのが諸星大二郎であるが、『栞と紙魚子』のような露骨なクトゥルーネタというよりも発想や手法への影響が大きいだろう。
この人の書く古代日本はまるで夢と現実の狭間のような世界であり、現在はその残り香があちらこちらに隠されている世界であり、忘れられた世界に潜む恐ろしい存在の描写はまさに民俗学者が主人公であるラヴクラフト作品といえる雰囲気である。


読み方というか楽しみ方が分かると止められなくなるのだがそれまでが難しいというのは確かにある。
癖が強い漫画家であるのは間違いない。
しかしこれが全部ではないとはいえ、ジャンプで連載されていたっていうのが凄いよね。