マット・マドン『コミック 文体練習』

コミック 文体練習

コミック 文体練習


レーモン・クノーの『文体練習』にインスパイアされ、『文体練習』では文章の形で行われていたようなことを、コミックの形でやってしまおう、という本。
「パソコンで仕事をしていた男が、立ち上がり、冷蔵庫に向かい、その途中で妻に時間を聞かれ、冷蔵庫に到着したら、自分が冷蔵庫に何を探しにきたのかわからなくなり、「いったい何を探していたんだっけ?!」とつぶやく」という、たわいもない日常の一場面を、1ページのコミックという形で、99通りの違った語り口で展開していく。
99通りの語り口の中には、視点の変化、形式の再構成、さまざまなジャンル、コミック作家のパロディ、アメコミ風、ホラー風、コメディ風など……。わかりやすいベタなものから、多少実験的なものまで、非常に多彩に書き分けている。
レーモン・クノーの『文体練習』と比較した感想を言わせてもらうと、クノーの方がおもしろい。本書の方は、コミックなので、語り口を変化させる要素として、言葉、絵柄、コマ割り、視点など、割りと多くの要素があるが、クノーの『文体練習』は、文章によるものなので、要素が言葉しかない。言葉のみを使って、99通りの違った語り口を見せてくれる方が単純に驚きがあるし、ストイックで格好良い。それにクノーの方が強烈なユーモア感覚があり、笑える。本書にもユーモアの要素はあるが、なんだがイマイチだ。
外国コミック作品のパロディや、外国コミック特有の技法を利用したものがけっこうあり、それらの元ネタを知らないので、楽しみが半減してしまった。
あとは最後の、冷蔵庫を見て「いったい何を探していたんだっけ?!」という台詞の意味を、「自分の人生で探し求めていたもの」みたいなことに変化させる手法がいくつかあったけど、これはなんだが安易に感じられて、イマイチだった。
それに本全体のページ数は220ページだが、コミックの部分は1ページ×99通りで99ページ。それで約2000円なので、まぁ普通のマンガとは比較できないけど、コストパフォーマンスはあまりよくないかもしれない。国書だからしかたがないのか?
なんだが、全体的にけなしているようなことを言っているけど、クノーと比較せず、単体で考えれば、試みとしておもしろいし、魅力的な語り口がいくつもあるので、読む価値は十分にあると思う。

(鈴)