ロアルド・ダール『キス・キス』

キス・キス (異色作家短編集)

キス・キス (異色作家短編集)


「たいへん気のきいた、小粋な、そして風変わりな短編を書く作家」
というのは訳者・開高健ロアルド・ダール評。「奇妙な味」とともに、もっとすっきり言えないのかしら、などと以前は感じていたが、実際にダールを読んでみると、うむ、やはりこれは「奇妙な味」で「風変わりな短編」としか言えないんですよね。
悪巧みの思わぬ失敗、ちょっとした齟齬から生まれる大変な事態、そういったブラックユーモアには口笛を吹きたくなるような小粋さがある。
ジョン・コリアと合わせて、さすが異色作家短編集。


収録作は以下。

・女主人
・ウィリアムとメアリイ
・天国への登り道
・牧師のたのしみ
・ビクスビイ夫人と大佐のコート
ローヤルゼリー
・ジョージイ・ポーギイ
・誕生と破局―真実の物語
・暴君エドワード
・豚


颯爽とした青年が登場する場面から始まる「女主人」はゾクっとするサイコな話。出張で街にやってきた青年は、小ぎれいで感じの良い、格安の宿に泊まるのだが、そこの女主人の言動はどこかが妙にずれている。本当に感じはいいのだけど。なんとはなしに宿の台帳をめくった青年が見たのは、どこかで聞いた男の名前。あれはたしか新聞の失踪者欄だったような。
 「天国への登り道」は時間に間に合わないことが大嫌いな老婦人と、それをからかう夫の、ちょっとしたかけ違いから生まれたブラックな話。女性には痛快な物語かもしれない。
 収録作中の個人的な一番は「牧師のたのしみ」。家具販売業のボギス氏は、田舎の農家を廻って埋もれた貴重な家具を掘り出すという方法で、同業者を凌ぐ稼ぎをあげていた。貴重な家具を確実に手に入れるコツは、牧師に変装して農家を安心させることだ。ある日、たちよった一軒の小汚く散らかった農家の居間に、世界に三つしかないと言われる伝説の棚の、その四つ目を見つけてしまったボギス氏は……。

と、あらすじをいくら書いたところで実はまったくの無意味だということにいま気づいた。だって、ダールの「奇妙な味」の短編は、抜群の文章で読ませるのだから。
映画『チャーリーとチョコレート工場』も、児童書だからという理由で敬遠しないで、読んでみようと思う。


(久)