新堂冬樹『毒蟲VS溝鼠』

毒蟲vs.溝鼠

毒蟲vs.溝鼠


前作『溝鼠』で圧倒的な最低さを見せつけ読者を引かせまくった溝鼠こと鷹場洋一。今作では鷹場の命を狙うライバルが登場します。サソリ、オオムカデ、タランチュラといった毒蟲たちを友とする全身黒のスーツにヒゲ面のマッチョマン、その名も大黒。職業別れさせ屋
以前は人の好い熱帯業屋に過ぎなかった大黒。しかし、愛する女を復讐屋の鷹場に奪われ、あげく捨てられたことから別れさせ屋へと身を転じた。そのうち、自分の中に住む凶暴性を自覚し、愛で育て、鷹場が東南アジアに逃亡中、業界内で「毒蟲」と畏怖される存在となったのだ。
大黒以外の新キャラのインパクトもすごい。例えばデッドボールに快感を覚える元高校球児の球児(そのまんまだな)。婆さんから男児まで、レイプ魔の大五郎。醜女専門のSM倶楽部でナンバー1だった超絶ブスのマゾ富子。一週間人を殴らないと禁断症状を起こすという暴力マニアのタイソン。その中でもサディストの国光と小卒で素人童貞、強烈な劣等感を武器とする鉄吉の毒舌合戦はどこかずれたやりとりが可笑しい。はじめに「例えば」と書いたのに結局ほとんど挙げてしまいました。それだけ魅力的な人物たちなのです。

しかし、どいつもこいつも前作の八木さんの最強な変態っぷりには及びません。美女が入ったばかりの便所の残り香を嗅ぐために鷹場と本気で先を争った八木さん。「八木さん! 子供が猫に火をつけてるよ!!」と言う鷹場の言葉に嬉々として事務所から飛び出していった八木さん。八木さんに比べると、今作の変態はどうも見劣りがするのです。
多分、今作の変態は本当の変態ではないんだと思います。大黒はじめ、たいていただの暴力マニア。とってつけたようなグロい暴力描写より、わたしは変態を読みたいのです。八木さん並の変態を。
まぁ、大黒によって山奥に拉致され裸に剥かれボッコボコにされたうえ、ムカデにチンチンを噛まれる鷹場の姿はおもしろかったですし、その後、全裸のままホームレスの食料を強奪する場面にも笑いましたけれど。

真面目な話、この『毒蟲VS溝鼠』は前作の『溝鼠』より数段下回った出来だと思います。前作のラストでは、愛した姉と金のためならなんでもするはずだった鷹場が、自分の命を守るため炎の中に姉を置き去りにしたのに対して、今作のラストでは大黒は愛した女のために死に、鷹場も前作から続く宿阿を断ち切ってしまいます。
そういった人間の強さの物語よりも、前作のように強がったふりして本当は弱い人間を書いた物語のほうがおもしろいと思うんですが、どうでしょう?